Borders

小さい頃から頻繁に海外に行くことに恵まれていたことが
やっぱりとても幸せだったと思う。

弟がずうずうしく、露天などで「ディス ワン プリーズ!」と
2ドルくらいのオモチャを平気で買っていたのに対して、
私は実は恥ずかしがり屋で ひとりでお買い物が怖くて出来なかった。

いつかきちんと自分で海外を旅行出来るように、
あの態度のでかいアメリカ人と「イエァ」とかって対等に話せるように
なってやる、と思ってから 英語は学業というよりも
趣味に近い感じで 勉強していてもつらくなかった。

うちのパパはエイゴが喋れる!と思っていたのだが、
いつだったか旅行に行ったとき、実はパパが
全てフィーリングで会話していると気づいた。
凄く驚いた。 驚いたが、語学ってそうなのかも、と思った。

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エイゴさえしゃべれるようになったら何も怖くないと思った。
確かに怖くないと思う。 旅行者として、お金を落とす身として
どこに行こうが、いまや世界の人は割りとエイゴを話すのでモノは買えるし
レストランで注文も出来るし、困らない。
ただ やはり欧州に居ると、いまやボーダーのない世界、
一日に耳にする言語は3ヶ国語をゆうに超える。

そうするとエイゴだけ出来ればいいというシンドロームはかき消され、
現地の言葉、友達の言葉を話したいと思うようになる。
それは本当に、欧州に居て思うこと。

語学はツールであり、人と人への橋渡しだ。

だけど、語学が出来ても人と付き合えるとは限らない。
私の経験から行くと、うまく意思の疎通が図れる言語がなくとも
フィーリングの合う人とは 何気なく会話できるものである。

また、私自身が何の面白みもなく、
知識も経験も思考能力も持ち合わせていなければ
何ヶ国語が操れても 人と付き合うことは難しいのだと思う。

ベルギーにこうしてまたポイッと来てしまったけれど、
それも自分が決めたことというよりは人との繋がりがもたらした結果。
(まぁ自分が自分の身体を運んできたのですが。笑)
でもベルギーで骨をうずめるのかと言ったら、そうではない。

私は日本に居てもベルギーに居ても どこの世界に居ても
生きていくことが出来るようになりたいし そうなる気がする。

ずうずうしいから? アバウトな性格だから?
向こう見ずだから? ヤブレカブレだから?

なんでもいいや。 とりあえずは、自分の周りに居る人と
自分の手のひらに何かをきちんと大切に包んで、
どこでも生きていける強い人間で居たいと思うのでした。

写真はLeuven大学の図書館。昨日行ってきた。
素敵な人に出会えた。 嬉しかった。
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by sachio_tukiyo | 2007-06-01 18:15 | how i think...  

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