やさしさ

病人というのは、治す、という目的がありますが
面倒を見るモノ、というのは、特に目的がありませんから
時間をどう使えば良いのやら解らなくなり、
アタマが痛くなる時間が増えてきました。

そんな折りは、Bruggeを自転車で散歩したりして
3月になり、晴の天気が増えてきたベルギーを
少しでも楽しもうとしていますが、それも稀。

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実際のトコロ、なんだか意味の分からない毎日を
読書と少しの学習と、そして格闘(これは人間との)、
あとは これからどうなるのかなーなどという新しい日々への
想像を駆り立てながら 過ごしているだけです。

小さい頃から、 人の気持ちの分かる人になって欲しいと
良くハハに言われました。

そう言われ、そうなろうと信じてきました。
だけれど、人の気持ちを想像し、理解しようと思うたびに
あまりにもそれが悔しくて 苦しくて
人の心の解らない人間になり、私利私欲のみに生きられたら
どれだけ楽かと思う事が最近多々あります。

結局、人にやさしくしても、それは
自分が人にやさしくしたいからするのであって、
自己決断でしかないわけです。
自分を満足させるために、他人にやさしくしている訳ですから
本当に 人の気持ちを理解するとか
人にやさしくするとかしたって それは決して常に的を得ているとか、
その人の為であるとか、そうはならないのです。

人は、あくまでも個人的で、ワガママで、卑怯なものだと思っています。
ただ、それに気付く事のできる人間に生まれた以上、
あたし自身としてはそれらの動物的な部分を出来るだけ否定出来る様、
知識を付ける、やさしさを覚える、経験を積む、人間と触れ合う、などをして
より素晴らしいモノにしていくことが人生だと思っています。

ですが、それが決して 全ての人、しかも
身近な人が同じ事を考えているかと言うとそうではないのです。

それに哀しくなり ヒトリで本をむさぼり読んで
どれが人間か これが人間か
こうして生きていくべきなのか どうなのか と
さまよいながら 深い 何も覚えていない眠りにつきます。

夢の中には 色んな人が出てきて
笑ったり 去っていったりして 消えていきます。

あたしはただ 人にやさしくなりたいなぁと思いつつも
本当は 人にもやさしくされたくて
そしてその中で 時に 溺れてみたくなるのです。

進行中の本 三浦綾子「泥流地帯」
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by sachio_tukiyo | 2006-03-06 20:24 | how i think...  

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